2010年3月17日 (水)

昨日支援センターで話をしたことを書きました。単純なおしゃべりをして・・・と。

夜、「プロフェッショナル」という番組で、訪問介護をされている方が出演されていました。見ていたら、患者さんが「普通の話がしたい」と言っていた・・・という場面が。

そうそう、そうなんだよね、と共感しました。

病気になっちゃうと、病気の話やそれにまつわるもろもろの、重たい話ばかりになっちゃうんですね。病人も周囲も、なんか普通の世界からはじき出されちゃったような感じで。

でも、病気だからって変わったことがしたいわけじゃない。それどころか、日常の小さなことに喜びや安堵を見出すことができるようになる。病気の人は、心も体もとても敏感なんだと思います。

それを、過敏に行かないようとどめてくれているのが、普通会話であり日常の小さなことなんだと思います。

            ☆

さて、「髪」(^^;)

先日髪が生えている夢をみました。

髪が「生えてくる」ではなく「生えている」。それはもう黒々とした髪がありまして、頭を動かすと「ばさっ」という擬音がつくくらいの状態。

そしてその髪を鏡で見て、自分でびっくりして「髪型ってこれでよかっただろうか、ヒトとして大丈夫な状態だろうか」と考え込んでた(-_-;)

最近子供たちがたいへんおされになってきてまして。朱音ちゃんなどはパーマ屋(私にとって「ヘアサロン」はまだ存在していない^^;)で切ってきてもいったいどこを切ったんだ、という感じでスタイルを維持しています。でも、現実は「こうしてください」と言えない内弁慶(^_^;)

藍音ちゃんも、学校で許される範囲でおされですが、とにかく髪が多い。すいてもらうと床に落ちた髪の多さに美容師さんがびっくらするくらい。それでも普通の人より多い感じで残るので、いったいどれくらいあるんだ、かつらにしたい・・・と思ったこともあります。

で、何が言いたいかというと。そういうおされな子供たちに囲まれているのに、私は髪型、仲間はずれ。はずれすぎて、どれが流行だかさっぱりわからない。ま、髪だけ、というわけではないんですけどね(^^;)

でも、そういう常識はずれじゃないかという不安が夢の中での「これでよかった?」ということになったんじゃないかと、自分で分析したわけです。

単に「髪がある」状態を忘れ果てているだけ、とも言えますけど。

そのあと、夢のシンボルについて調べてみました。

参考にしたのは『ドリーム・ブック-「夢」のシンボル辞典』(ベティ・ベサーズ著、中央アート出版、1992)。ちょっと古いですが、相手は夢、時間を超越しているだろうということで・・・(^_^;)

書いてあったのは・・・

「クラウン・チャクラから、つまり高位の霊的中枢から流れ出るパワー。髪の毛が長ければ長いほどパワーは強い」!!(゚ロ゚屮)屮

・・・・・・・・・言葉もちょっと、多分、っていうかずいぶん古いかもしれない(-_-;)

髪はあったけど短めだったから、パワーはあまり多くないのね・・・と思ったんですが。

でもやっぱり、この場合、化学療法が中止になってこれから髪が伸びるぞ、伸びたらちょっとはスタイルも気にせんといかんぞ、という警鐘みたいなものなんじゃないかと。

じゃなければ単に、黒髪への憧憬かと。

というのも私の髪、残っているのはほとんど白いもの。3歳年上の子供たちの父親は、黒髪の中に白いものが混じっているだけ。この人、ホント、年齢を超越しているんですよ、20歳は若くみられるんで・・・

ま、髪が生えてくるのは自然なわけで、今度は生えてこなくてもいいところに対するケアも必要になるんですね。

こうなると、どっちが楽なのか・・・ずぼらな私としては、坊主頭で気にしないで済む方がいいかなぁなんて考えてしまうのでした。

あ、でも、鼻毛・眉毛・睫毛が生えてくるのは、大変嬉しい(^-^)

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2010年2月 8日 (月)

シンクロ

聖徳太子のことを書いてきて、いろいろシンクロがありました。

部屋でテレビをつけたら、映っていた湖が諏訪湖だったり。諏訪大社本社前宮の神体山は「守屋山」というし、守屋神社もあるということが、本に出ていました。神社では単に「宮山」としているそうですが・・・そういえば昨年、藍音ちゃんが校外学習でここへ行ってます(^^;)

さらには、介護関係の番組を見ていたら、いきなり石見神楽。スサノヲのヤマタノオロチ退治の場面でした(-_-;)

そして居間でテレビを見れば、宿題をしていた朱音ちゃんが問題を読みました。

「なかとみのかまたり、と・・・・・・は政治を新しくして・・・」(@_@;)

最近では小学生でもこういうの、習うんですねぇ。

ところで、そもそも二冊目の本にたどりついたのも、ある意味不思議でした。

宮元氏の本を読んだあと、友人と電話で話をしました。ヒーリングの話題である人の名前が挙がったので、著作をネット検索してみました。何冊かでているようでした。

本が好きですが、実はネットで買うのはよっぽどです。手にとって中を見て、それから買うのが好き。さらに、たまたま行った書店や図書館で見つけた、というのも好き(^-^)

そういう性格だからか、この著者の本を注文することができませんでした。どれがいいのかよくわからなかったし。図書館にも置いてないようでした。

ところで私、特技として欲しい本がどこにあるのかがわかる、というのがあります。欲しい本が決まったとき、行動範囲にある何軒かの書店と図書館のうち、どこにいけば見られるかがわかるんです。大変便利な能力だと、自分で思います(^^;)

なので、このヒーリングの本もどこにあるかなぁと捜してみたわけです。

ところが、みつからない。「ない」のではなくて、わからないんです。こういうこと、滅多にないです。理由がよくわからない。

仕方ないのでいちばん大きな書店に行って捜してみました。でも、見つからない。

普段ならここであきらめるんですが、なぜか意地になってしまって、30分ほど車を走らせて大きなショッピングセンターまで行きました。

そこで見つけたのが、戸矢氏の著書。すぐに手に取りましたが、書店のリクエストでなぜこれが引っかからなかったのか、不思議でした。ヒーリングの本は、ありませんでした。

こうして2冊目を入手したんですが、さらにおかしなことに。翌日先の、市内の書店にもう一度行ったら、ヒーリングの本があったんですね。隣にあった本は背表紙を読んだ記憶がばっちりあるんですが・・・その日に入荷した、と言うにはそんなに人気がある、有名な本だとも思えない・・・

まぁ、結果オーライでいいんですが、ちょっと不思議だなぁと思ったのでした。

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厩戸皇子 2

図らずも連続して、厩戸皇子の時代についての本を読むことになりました。なにが図らずか、どうしてそうなったのかについてはまた書くことにして・・・

今回読んだのは戸矢学著『怨霊の古代史-蘇我・物部の抹殺』(河出書房新社、2010)。出たばかりの本です。

著者は神道学科を卒業されています。風水や陰陽道関係の著作で知りました。興味がある部分であり、視点が大変面白いので、書かれている本はだいたい読んでいます。

で、前回書いた宮元健次氏の『聖徳太子 七の暗号』と、扱っている時代や事件は全く同じ。でも結論は、同じところもあれば違う部分もありまs。

まず、同じところは「厩戸皇子は怨霊ではない」というところ。

そもそも怨霊とはなにか、というところから戸矢氏は述べています。

怨霊は「恨みをもって死んだ」というところが大事。罪を犯して殺されても、怨霊にはなりません。怨霊になるためには無実であるのに殺された、というところが大事で、怨霊を祀るということは、無実であることを知りながら殺した、という実行者側の恐れが大切だということです。なるほど。

ところがどの文献を見ても厩戸皇子が恨みをもって亡くなった、という記述はなし。さらに、殺されたという記録もなし。ただ、亡くなった、と。

怨霊説では厩戸皇子の子・山背大兄皇子とその一族が殺されたからだ、ということになっていますが、これは厩戸皇子が亡くなってから21年後のことで、ありえない、と。

確かにここのところは、梅原氏の著作を読んだときに感じたものでした。亡くなったあとの事件を恨む・・・なんて変だよね?

さらにこの本では、厩戸皇子と山背大兄皇子とが親子である、という記録もない、と述べています。

それならなぜこの記事が採用されたかというと、太子という聖人の一族を殺した悪逆非道の犯人=蘇我氏を作ることが必要だったからだ、と。

さらになぜ蘇我氏を悪逆非道としなければならないかというと、乙巳の変で蘇我氏を滅ぼした中大兄皇子(のちの天智天皇)と中臣鎌足を擁護しなければならなかったから。

この事件では「悪者を成敗した』という大義名分が必要だったんですね。

じゃあ誰がそれを必要としたかというと、この記録の載っている『日本書紀』を編纂した藤原不比等、つまり中臣鎌足の子です。

もうひとつ、二冊の本の同じところは、法隆寺が藤ノ木古墳の被葬者を慰霊するためにつくられた、というところ。

藤ノ木古墳は法隆寺の近くにあり、二人の成人男性の骨が見つかった、大変珍しい古墳だそうです。被葬者には諸説ありますが、一人は穴穂部皇子であるという説が有力。この皇子は蘇我馬子と厩戸皇子、後に崇峻天皇として即位する泊瀬部皇子により殺されています。

記録では用明天皇の死後後継者争いが起こり、その最中に大変評判の悪かった穴穂部皇子が三輪君逆(さこう)を逆恨みし、物部守屋に命じて殺させたことになっています。その後馬子たちが穴穂部皇子と守屋とを殺すわけですが、ここでも大義名分が作られています。

でも、大義名分は無実の罪ですでに殺されちゃった者には効かないんですね。というか、生きている人間たちに吹聴するために作るんでしょうけど・・・

だから、同時に鎮魂が必要となるんですね。

そして最終的に戸矢さんは、最大の怨霊となった存在は蘇我入鹿であるとしています。

蘇我氏は入鹿の四代前の稲目の時代から天皇家と姻戚関係を結び、権力の中枢にいました。その蘇我氏の統領である入鹿を殺したのが、中大兄皇子と中臣鎌足。鎌足の子・不比等は父のしたことを正当化するために史書を編纂した、というわけです。

さらにもうひとつ、宮元氏と戸矢氏の考えの同じところは、「四天王寺には物部守屋が鎮魂されている」というところ。四天王寺に関しては、考え方が同じのようです。

そして法隆寺。ここは一度焼失していて、消失前の若草伽藍には穴穂部皇子が鎮魂され、再建後の法隆寺には蘇我入鹿が鎮魂されている、というのが著者の考えです。宮元氏は入鹿については何も書いていないので、どちらの法隆寺も同じ目的としています。

戸矢氏は神社には、その祭神を祀るべき理由は二種類ある、と言います。ひとつは威徳や神意をたたえるため。もうひとつは怨霊の祟りを畏怖し鎮めるため。

戸矢氏は怨霊となったものたちが祭神となっている神社についても言及されています。

さらに、この本のもうひとつの柱とも言えるところは、蘇我氏の出自についての論考です。

蘇我氏は突然歴史に現れたから渡来系だという意見もあって、出自がはっきりし廷内というのが通説です。

著者はその理由として、上記の不比等による歴史書の改竄、記述の消去をあげています。蘇我氏を貶めなくてはいけないので、出自がよかったら困るんですね。

で、著者によると、蘇我氏の祖神はスサノヲノミコト。祖地は出雲。

出雲大社で祀られているオオクニヌシも、じつは大和朝廷によって作り出された神であり、もともとはスサノヲであったとしています。大社の境内、本殿の北にある素鵞社(そがのやしろ)がもともとの祭神だった、と。

こちらの本では、厩戸皇子は政治家ではなく宗教者で、法隆寺を建立した時点で出家をした、と言っています。政治は蘇我馬子が行い、名目上皇子が行ったことになっている、と。それだけ皇子に人徳や人気があったのか、よくわかりませんけど。

とても興味深かったのは、四天王寺と法隆寺で行われる、聖徳太子の命日の大法要「聖霊会」で舞われる舞楽「蘇莫者(そまくしゃ)」についての記述でした。神職として雅楽に親しんでいるようで、細かい引用と記述がなされていました。梅原氏が蘇莫者=太子としたのに対し、実際は舞人ではなく笛の音頭が太子と呼ばれ、舞台の下で笛を吹いている、とのことでした。

ところで、この舞楽をも含めて法要が行われる四天王寺の舞台。左右に池があり、橋の真ん中にある石の舞台です。この舞台の石が、古墳の石棺なんだそうです。

また、四天王寺の山号は「荒陵山(あらはかさん)」。もともと古墳のあったところに寺が造られたそうな。風水を知る著者は、寺のほとんどがその前に神社や古墳などがあった場所に建てられている、と言っています。つまり、パワースポット、ですね。

こちらの方が納得もいくし、さらに興味深いものではありますが、中途半端に終わっているかな、と。次回作もあるそうなので、期待(^_^)

そうそう、宮元氏の著作では後悔する厩戸皇子(?)があぶり出しのように描かれていましたが、戸矢氏はそもそも守屋討伐の時、皇子は十三歳。実質的には何もできなかっただろうという意見です。実行はもちろん、蘇我馬子。

馬子は自分が行ったことや政策を皇子の行為とすることによって、何らかの「得」(とは言ってないけど)があったのだろう、とのこと。自分で命令するより皇子の命令である、といった方が通りがよかったんでしょうか。

さらに皇子は、このことを馬子に許すことにより、宗教者としてのメリットがあったのではないか、と。具体的には若草伽藍を建てたあと、皇子は飛鳥へ通うことなくここで得度していた・・・もちろん、藤ノ木古墳の被葬者を慰撫することも忘れずに。

本の帯に「怨霊の時代」と書かれていますが、怨霊=御霊を鎮めるのが国家行事となったのは、平安時代からではなくこの時代からだった、と著者は言いたいんだと思います。そのためのやり方も、すでにこの時代に存在していた、と。

それにしても、こういう本が神職の方によって書かれていることが、とても面白いと思いました(^_^)

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2010年2月 7日 (日)

厩戸皇子 1

『聖徳太子 七の暗号-「太子七か寺」はなぜ造られたのか』(宮元健次著、光文社新書、2009)を読みました。

実は読んだのは1月末で、アップしようと思っているうちに具合が悪くなってしまいました。調子がよくなってきたので、ここで書いておかないとまた先延ばしになってしまうので・・・

さて、宮元氏の本、何冊か読んだことがあります。『建築家秀吉-遺構から推理する戦術と建築・都市プラン』(人文書院、2000)『江戸の陰陽師-天海のランドスケープデザイン』(人文書院、2001)、それに『神社の系譜-なぜそこにあるのか』(光文社新書、2006)

著者は建築家で、そのため都市プランや建物そのものに対する関心の持ち方が面白いなぁと。

ただ、他に似たような本をたくさん読んでいるので(興味があるもんで^^;)、目新しくはなかったかな。あと、歴史本として読むには物足りないというか・・・

それならなぜこの本を読んだのか、というと、自分でもよくわからないのですが・・・書店で目についたので手に取ったら、そのままレジへ行ってしまったというか(^^;)

ともあれ。そういう出会いの本もあるわけですね(^-^)

さて、内容は、副題『「太子七か寺」はなぜ造られたのか』という問いへの答えとして「物部守屋を鎮魂するために聖徳太子が造った」という論点で書かれています。

なぜ鎮魂するかといえば、怨霊となって祟っているから。

同時に著者は、梅原猛氏が『隠された十字架-法隆寺論』(新潮社、1981)で論じた「聖徳太子怨霊説」に異を唱えています。

つまり、祟っているのは守屋で、太子は鎮魂している方だぞ、と。

で、物部守屋を鎮魂している論拠として、太子七か寺に共通する建築様式と仏像の様式とをあげて論じています。

その論は本を読んでいただくとして、著者が怨霊を鎮めている様式としているのが、四天王寺式と呼ばれる伽藍配置と、一光三尊形式と呼ばれる阿弥陀如来と脇侍の勢至菩薩・観音菩薩がひとつの光背におさまる仏像。

この仏像は、聖徳太子が本尊の阿弥陀如来に手紙を送ったという善光寺にも共通していて、善光寺の内陣にはただ一つの四角い柱「守屋柱」があります。

また、蘇我馬子が建立した飛鳥寺も、創建当時は同様の形式の仏像だったそうです。

「太子七か寺」とは太子が創建したといわれる七つの寺のことで、四天王寺・法隆寺・中宮寺・橘寺・広隆寺(蜂丘寺)・法起寺・葛木寺(葛城尼寺)です。うち葛木寺は、現在は所在不明です。

書かれていたことで面白いなぁと思ったのは、四天王寺のことでしょうか。

四天王寺は太子が戦勝を四天王に祈願し、勝利後に建てたといわれていますが、最初に建立されたのが守屋の邸宅跡。戦いに負けたため、領地もすべて没収された、というわけです。

ところがこの場所で堂宇がキツツキの被害に遭ったため、現在の場所に移ったそうです。
この、堂宇を壊したキツツキが、守屋の怨霊であると噂されたようです。守屋は鳥を飼っていた、という話もあるようで。

現在の四天王寺金堂には鷹の止まり木がついていて、これは堂宇をキツツキが来てこわすため、太子が白い鷹となってキツツキを追い払った、という伝説によるそうです。(『四天王寺の鷹』谷川健一著、2006が引用されています)。

さらに四天王寺には怨霊を封じるために、西に石の鳥居がある、とのこと。西は仏教では西方浄土ですが、ここに結界を置くことによって怨霊を封じている、と。

さらに法隆寺ですが、地名「斑鳩」は鳥の名前で、「スズメ目アトリ科の鳥。キツツキの天敵。ヌルデ(ウルシ)の木の実を特に好む」とのこと。守屋=キツツキ、という話が出てきたので、目が点。

「七の暗号」は、七か寺の他に太子は七人兄弟だったとか、七冊の書を著したとか、とにかく七がつくことがたくさんあるということだそうです。著者はその理由として、北斗七星に祈る鎮護鎮魂の秘儀(天代密教)をあげています。

四天王寺にも鎮守として七つの神社があって、これは北斗七星を模して太子が創建したそうです。

で、一番大切な太子が守屋を鎮魂した理由は、仏教者として後悔したからだ、と。多分、これがいちばん言いたかったんでしょうね。最近聖徳太子はいなかった、という説も出ていますから・・・

とても興味深い本でした。

でも、この先の展開というか、シンクロが続いていくとは思わなかったです・・・(^_^;)

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2009年11月12日 (木)

かおり

『幻香』(内田康夫著、角川書店、2007)という本を読みました。探偵浅海光彦が活躍するもので、今回は香がテーマ。香水や、アヤシイ香が出てきます。読んでいる方も安心して読める・・・という感じです。

で、読んでる途中に気がつきました。「香」。私のテーマが、それ(^^;)

かすかな香が鼻に感じられるようになって2日くらい経つかな。あちら側の世界でオイルを作ってもらったので。とてもいい香りなんですが、何の香かわからない・・・・

もうひとつ作ってもらったんですが、そちらは香が昇華されているというか、すでに鼻に感じる識閾を超えているような・・・

こんなふうにつながっていくシンクロ。自分で作っているんだろうと言われればそうかも、とも思います。オイルを送った、と言われた後ですから、この本借りたの。

でも、ひとつ言わせてもらうなら、シンクロの中にいる時って、全然気がついていない。本を借りるときも、この著者のように安心して読めるものが並んでいるときは、気になるものを選ぶことにしているし、なぜ気になるのかは考えないし。

つまり、シンクロしてるからこれ読もう、じゃないんです。そんなに何もかも覚えてられないです、ハイ。

じゃ、次に読もうとしている同じ著者の作品はどうか・・・?

これもまた、コワイもの見たさ(^_^;)

あ、この本にはもうひとつシンクロが。舞台になっているのはほとんどが栃木県ですが、月・火と子供たちの父親が出張に行ってました。読んでみないとわからなかったです、これは。

しかし、そのわりにおみやげは群馬銘菓だった・・・(-_-;)

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2009年11月 8日 (日)

推理小説

読みました、万城目学『プリンセス・トヨトミ』(文藝春秋、2009)

万城目さんの本、京都、奈良ときて今度は大阪が舞台。なかなか・・・面白かったです。他に、言いようがないんですよね(^_^;)

最近読書熱が高まってきていて、いろんな本に手を出しています。主に、推理小説。あ、『プリンセス・トヨトミ』はジャンルが違うかな。

読んでいて気がついたんですが、どうも内容というより、文章が好きかきらいかで読み進むかどうか判断しているような。

今のところ文章が好き、といえるのは若竹七海。もちろん内容もなかなかよろしいです。変な言い方ですけど。いちばん面白いなぁと思ったのは『猫島ハウスの騒動』(光文社、2006)。

あと、出てくる場所に土地勘があると、これも興味深い。若竹さんの初期の本は東京都下が舞台になっていることが多くて、私が過ごした場所・時期とも重なって、何とも懐かしいです。そういうストーリーじゃないけど、勝手に(^_^;)

そういえば、テレビドラマも筋に関係なく背景の場所を眺めていること、よくあります。逆にいうと、ストーリーが面白そうでも場所や設定に無理があると、興味がなくなってしまう。

だから、これは面白いなぁとおもう本に出会えると、嬉しいです(^-^)

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2009年9月10日 (木)

『ハリー・ポッター』2

昨日はどんより曇っていましたが、今日は朝からいい天気。洗濯物を干し、布団を干し、病院へ行き、戻ってさらに布団を干し替えようとしたら、体力が尽きてしまいました(>_<)

最近夜更かしの癖がついてしまい、寝不足気味。そして寝不足だと朝の血圧が高く、妙にハイテンションになってしまうんですね。そして、そのテンションがなかなか下がらない。下がらないくせに、体力がない。悪循環です(-_-;)

昨夜は『ハリー・ポッター』最終巻を読んでいました。なんだかんだと批判的なことを書いたのに、結局全巻読みました。はまりました(^^;)

どこが面白いとか、はっきり言えないんですけど、ぐいぐいと引っ張っていかれるように読みました。最終巻がいちばん入り込んで読んでいたように思います。頭の中には、映画の登場人物たちの顔がうかんで、違和感がありませんでした。

読み終わったら、またはじめから読んでみたくなる。不思議な本でした。

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2009年8月18日 (火)

『水の精霊』

横山充男著『水の精霊Purify the Earth-第Ⅰ部 幻の民』『第Ⅱ部 赤光(しゃっこう)』(ポプラ社)を読みました。

先日『ハリー・ポッター』のことを書きましたが、1冊ずつシャッフルして読んでいました。私の中ではなんというか、両極端とも言える本だったなぁと思います。

こちらは、古来から漂白して暮らしていた「セゴシ」という人々の末裔である主人公たちの成長を描いています。周辺にはいろいろな思惑を持った大人がいますが、登場人物たちすべてが大きな流れの一部である、という感じで描かれていて、それが全体を貫くテーマになっています。

自然破壊や自然と共存することの意味、それに対して自覚的に働きかけようとする大人、直感的に選択していく若者・・・ひとりひとりの心の動きが丹念に描かれていて、この本が子どもの本棚にあることが不思議に思えます。

そして、主人公やその周辺の人々が一瞬見るヴィジョンが、美しい言葉で描かれています。他の本では見かけないような表現に、最初はあれっと思いましたが、読んでいくうちに気持ちよくなりました。

もちろん策謀を巡らす大人や、ケンカをして相手を傷つける場面などもありますが、清濁併せ持った、という感じです。

私の中では、こちらの本のほうが共感できる部分が多い、と感じました。

それに対して『ハリー・ポッター』の方はというと、娯楽的です。面白いけど、それだけ。

どちらも私個人の感想ですが、こういう本を平行して読んでいる、ということ自体不思議な感じがします。違和感、あまりないんです(^^;)

ひとつだけ不思議といえば、最初に借りた時、朱音ちゃん用に別の本を借りていて、その登場人物の名前と『水の精霊』の登場人物の名前が同じだったこと。どちらも平仮名で、「みずき」でした。

この2つのシリーズ、続きがあるので図書館に予約を入れています。先を読むのが楽しみです(^_^)

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2009年8月16日 (日)

『ハリー・ポッター』

言わずと知れた、有名な本。朱音ちゃんに何か読むものを・・・と思って図書館へ行き、借りてきたものですが、結局自分用になってしまいました(^^;)

読んだのは『ハリー・ポッターと賢者の石』『ハリー・ポッターと秘密の部屋』(J.K.ローリング著、松岡佑子訳、静山社)。分厚くて重たいんですが、あっという間でした。

だからといって「ものすごく面白かった」というわけではなく。なんていうのか・・・次々にできごとが起こっていく面白さ、というんでしょうか。映画のシーンが頭に浮かぶことも多くて、確かに映像向きだなぁと思えました。

じゃ、どこが面白くなかったのかというと、登場人物の心理描写。これがあまり描かれていないと感じました。主人公が子どもなので深くないのはあたりまえと言えるのかもしれませんが・・・物足りない感じです。だから、共感できる物語ではないなぁというのが、私の感想。

それでも読み進められるのは、魔法などの題材にあるんでしょうが・・・

そういえば、映画を見たときにもあまりに安易に面白いものとして魔法を描いているように思えて、やっぱり共感できなかったのでした。

・・・・って、私っていったい、魔法をどんなものだと思っているのか???(^^;)

一番驚いたのは、奥付でした。『賢者の石』のほうは発売から約2年で404刷、『秘密の部屋』のほうは約1年3ヶ月で240冊。たくさん本を読んできましたが、こんなの見たことありません。もっともひねくれてるので、話題の本はあまり読まないんですけど。

今でもこのシリーズは続いているので、刷数はもっと増えていると思います。ほんと、驚きです。

あと、共感したのが原作者の言葉。大部で挿絵もない本を子供たちが熱心に読む。ゲームなど面白いものが他にもたくさんある現代の子供たちがそうなる、というのは、やっぱりスゴイと思いました。

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2009年8月14日 (金)

子供たちの読書

最近子供たちがものすごく暇そうなんで、一緒に本屋に行った際、つい本を買ってあげてしまいました。もっともお代は、舞をしたときにもらった図書券だったんですが。

藍音ちゃんが読んでいるのは『ペギー・スー』シリーズ(セルジュ・ブリュソロ著、金子ゆき子訳、角川文庫)。私が買って読んでいると興味を持ったので、貸してみました。そしたら本人曰く「はまった」(^^;)

オバケが見える14歳の女の子が主人公の物語ですが、私は読み終わったら、食傷気味になりました。なんつーか、こういうのを読むほど若くないって言うか・・・赤毛のアンが好きな人なら読めるかも、と思いました。主人公が饒舌、という部分以外似てないけど。

そして朱音ちゃんが気に入ったのは『ぼくたちと駐在さんの700日戦争』(ママチャリ著、小学館文庫)。ちょっと前に『鴨川ホルモー』に挑戦したものの、全然読み進めなくて挫折。大丈夫かなぁと思ったんですが、横書きと大きめの文字に励まされ、あっという間に読んでしまいました。

さらに先日、映画化されたものがテレビで放送され、ますます気に入ってしまったみたいです。本の内容と映画の内容が合っているか、テキスト(文庫)を用意してやる気満々でテレビの前に座っていたのが、そのうちただ映画を楽しんでいました。

こちらのほうは、私は読んでいません。映画を見た限り、読みたくはならないだろうなぁ。

どちらも読書感想文など書けそうもない本ですが、小説の面白さ、本を読むという楽しみをわかってもらえたかなと思います。

でも。どちらもシリーズになっていて、『ペギー・スー』は8巻、『ぼくたち・・・』は5巻まで出ていて、まだブログ小説として継続中なんですね。これを読み進められると、お財布が大変寂しいことになってしまう(^^;)

なので、次はぜひ図書館の本に挑戦してほしいと思います。藍音ちゃんには『ハリー・ポッター』、朱音ちゃんには映画化された本あたりがいいかもしれないです(^_^;)

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