髪
昨日支援センターで話をしたことを書きました。単純なおしゃべりをして・・・と。
夜、「プロフェッショナル」という番組で、訪問介護をされている方が出演されていました。見ていたら、患者さんが「普通の話がしたい」と言っていた・・・という場面が。
そうそう、そうなんだよね、と共感しました。
病気になっちゃうと、病気の話やそれにまつわるもろもろの、重たい話ばかりになっちゃうんですね。病人も周囲も、なんか普通の世界からはじき出されちゃったような感じで。
でも、病気だからって変わったことがしたいわけじゃない。それどころか、日常の小さなことに喜びや安堵を見出すことができるようになる。病気の人は、心も体もとても敏感なんだと思います。
それを、過敏に行かないようとどめてくれているのが、普通会話であり日常の小さなことなんだと思います。
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さて、「髪」(^^;)
先日髪が生えている夢をみました。
髪が「生えてくる」ではなく「生えている」。それはもう黒々とした髪がありまして、頭を動かすと「ばさっ」という擬音がつくくらいの状態。
そしてその髪を鏡で見て、自分でびっくりして「髪型ってこれでよかっただろうか、ヒトとして大丈夫な状態だろうか」と考え込んでた(-_-;)
最近子供たちがたいへんおされになってきてまして。朱音ちゃんなどはパーマ屋(私にとって「ヘアサロン」はまだ存在していない^^;)で切ってきてもいったいどこを切ったんだ、という感じでスタイルを維持しています。でも、現実は「こうしてください」と言えない内弁慶(^_^;)
藍音ちゃんも、学校で許される範囲でおされですが、とにかく髪が多い。すいてもらうと床に落ちた髪の多さに美容師さんがびっくらするくらい。それでも普通の人より多い感じで残るので、いったいどれくらいあるんだ、かつらにしたい・・・と思ったこともあります。
で、何が言いたいかというと。そういうおされな子供たちに囲まれているのに、私は髪型、仲間はずれ。はずれすぎて、どれが流行だかさっぱりわからない。ま、髪だけ、というわけではないんですけどね(^^;)
でも、そういう常識はずれじゃないかという不安が夢の中での「これでよかった?」ということになったんじゃないかと、自分で分析したわけです。
単に「髪がある」状態を忘れ果てているだけ、とも言えますけど。
そのあと、夢のシンボルについて調べてみました。
参考にしたのは『ドリーム・ブック-「夢」のシンボル辞典』(ベティ・ベサーズ著、中央アート出版、1992)。ちょっと古いですが、相手は夢、時間を超越しているだろうということで・・・(^_^;)
書いてあったのは・・・
「クラウン・チャクラから、つまり高位の霊的中枢から流れ出るパワー。髪の毛が長ければ長いほどパワーは強い」!!(゚ロ゚屮)屮
・・・・・・・・・言葉もちょっと、多分、っていうかずいぶん古いかもしれない(-_-;)
髪はあったけど短めだったから、パワーはあまり多くないのね・・・と思ったんですが。
でもやっぱり、この場合、化学療法が中止になってこれから髪が伸びるぞ、伸びたらちょっとはスタイルも気にせんといかんぞ、という警鐘みたいなものなんじゃないかと。
じゃなければ単に、黒髪への憧憬かと。
というのも私の髪、残っているのはほとんど白いもの。3歳年上の子供たちの父親は、黒髪の中に白いものが混じっているだけ。この人、ホント、年齢を超越しているんですよ、20歳は若くみられるんで・・・
ま、髪が生えてくるのは自然なわけで、今度は生えてこなくてもいいところに対するケアも必要になるんですね。
こうなると、どっちが楽なのか・・・ずぼらな私としては、坊主頭で気にしないで済む方がいいかなぁなんて考えてしまうのでした。
あ、でも、鼻毛・眉毛・睫毛が生えてくるのは、大変嬉しい(^-^)

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